金澤敏明のプロフィール

金澤敏明の幼少期

幼少期の金澤敏明小学生時代は、圧倒的な野球がブームで子供たちはこぞって野球クラブなどに加入していた。
学校の放課後でも野球や手打ちというバットではなく手でゴムボールを打つ野球に似せたゲームを楽しんでいる友達ばかりだった。
そんな中、金澤敏明は、母の友達の息子がサッカーをやっていたことから、野球クラブではなく、サッカークラブに入れられてしまった。

サッカーをやりたかったわけではなかったが、いざサッカーをやってみると非常に楽しかった記憶はある。
クラブに所属している子供たちも非常に多く活気はあった。
しかし、習っていて上手くなっていったサッカーだが、学校の友達の中では人気が無かった。

周りに合わせるように放課後などは、私も野球に参加したが、周りは野球を習っているので自分よりも上手い連中とばかりで面白みを感じなくなっていた。

学校の仲間たちとサッカーをできるのは、体育の授業の時だけだった。
なぜかそれも冬場にしかなかった記憶が金澤敏明にはある。
今思い返すと不思議な感じがするが、サッカーは冬のスポーツなのだろうか。(笑)

授業中に行うサッカーは経験者である私の独壇場だった。
簡単にドリブルで抜くこともできるしキックフェイントも抜群の威力を発揮して、やっていて非常に面白かったんですが、体育の授業いがいではこの優越感を味わえなく、放課後に遊ぶ野球では立場が逆転してしまうのも寂しかった。

しかしサッカークラブでやるのは、また違ったレベルで面白さも感じていた。
今ほど用語やしっかりとしたポジションなんかが知られていなかったので、FWが攻撃、MFがパスを出す。DFが守るといった単純な感じだった。

小学生の高学年になり中学受験をさせられる事が決まったことにより、サッカークラブを辞めることになってしまって泣いた記憶がある。

 

金澤敏明の中学・高校時代

e9481efa3782bcd32cd2408b0b29c281_s無事に中学受験に成功した金澤敏明だったが(第一志望はダメだった)中学に入学してビックリしたのは、サッカー部が存在しなかったことだ。

それ以前に校庭が小学校時代より小さく、サッカーができるような感じでもなかった。
その時代は、スラムダンクが流行りになっていてバスケット人気が非常に高かった。
中1の時は部活に所属せず帰宅部をしていたが、中2の時にクラス替えで仲良くなった友達に「水泳部が冬場はサッカーやるよ!」という情報を聞いた。

しかし夏の水泳はやりたくないのでどうしようかと迷っていた金澤敏明に、友達が「冬だけ参加している部員の人もいる」と聞き、プールに入らなくなる時期に入部届けを出した。

水泳用なのか筋トレは厳しかったが、話どおりサッカーをやる時間が非常に長く、先輩達もフレンドリーでとても楽しくサッカーを遊んでいた感じで過ごせた記憶がある。

中3になり夏場は地獄の水泳になるので、幽霊部員の活動で暇だった。
高校受験は推薦が決まっており、先生の話によれば「テストを受けるだけで合格できる」とのことで、特に勉強する必要もなく気楽に過ごせる夏場に最上学年という立場もあり、やんちゃな友達が多いバスケ部に遊びに行っていた。

マジメにやっている1、2年生には邪魔な存在になっていたと思うが、バスケットの面白さもわかり楽しんでいた。

秋になり待ちに待ったサッカーの季節になったのだが、ちょうどJリーグの開幕もあり、他の部活の連中も冬場のサッカーに参加するようになり狭いグランド(サッカーグランドの半面以下)に15対15ぐらいの大混戦の中でプレーしていた記憶もある。
高校時代は、1年からサッカー部に入部したが、人間関係が上手く行かず早々にサッカー部を辞める事になった金澤敏明でしたが、サッカー人気は非常に高く、休み時間などで遊べたのでそれだけでも満足でした。

そこからは部活をやることはなく、海外サッカーに少しずつ興味がでていた。

 

海外サッカーのレベルを知り一気にファンに

やはり金澤敏明の世代で海外クラブと言えば現在日本代表の本田選手が所属しているACミランでしょう。

まさに全盛期で、バレージ、マルディーニ、ボバン、ライカールト、サビチェビッチ、マッサーロなんかが活躍していました。

ファン・バステンやフリットのオランダトリオが活躍している時期には、間に合わなかったのが残念でしたが、サッカーだけでなく、あの赤と黒のストライプのユニフォームに憧れていました。

次に好きになったのは、今の金澤敏明が好きなFCバルセロナです。
リバウド時代からその時はまだフィーゴもバルサのメンバーだったんですよね。

その後には今のマンチェスターユナイテッドよりもヒドイ時代がバルサにも訪れた時もあります。
現在のルイス・エンリケ監督やペップ・グァルディオラがボランチで活躍している時代も観ています。

ロナウジーニョ時代が到来して輝きを取り戻したバルサには、後継者として今も世界トップのメッシが成長してバルセロナ最強時代に突入しました。

今でこそMFで誰もが知っているシャビですが、過去は試合に出場すらできなかった時代もありますからね。
グァルディオラの後釜として期待されていたが、伸び悩んでスタメン落ちになったシャビは終わったと金澤敏明も思っていたんですが、そこから信じられないぐらいの技術力を身につけて復活したのには感動しました。

それ以前に10代から世代のスペイン代表で活躍しいて期待され過ぎて、若すぎる時代からトップレベルに入ったので、成長がおいつかなったのかもしれませんが、バルセロナにはなくてはならない選手にまで成長していました。

 

金澤敏明が好きなバルセロナの魅力

金澤敏明が好きなチームバルセロナその時代で強いクラブチームのサッカーがトレンドになる事が多いサッカー界。
ファン・ハールが一時代を築き上げたオランダの名門アヤックスは、スリーバックのフォーメーションで戦っていて、その時代は各国の代表チームにも取り入れられてトレンドになっていた。

基本的には、4バックよりディフェンスの枚数が少ないから攻撃的に思えてしまうシステムだったが、実は、3枚のセンターバックで、相手の2トップに1枚ずつディフェンスがついて1枚余る状況をつくり危険を潰すサッカーで堅守なシステムだった。

その変わりにボランチやウイングバックにかかる負担は非常に大きかった。
そこから徐々に攻撃的な布陣がサポータに人気になり、4バックシステムに戻った感じで、今では強豪クラブのほとんどは、4バックで代表チームもほとんどそうなっている。

サッカーの戦術はバルセロナの圧倒的なポジッションサッカーが主流になっていった。
70%を超えるボール保持率をキープしたり、時には80%なんて試合もあるほどだった。
攻撃こそ最大の防御とはよくいったもので、ディフェンスがそれほど強いイメージがなかったバルサが少ない失点で連勝を続けていた。

無理な縦パスはしないで、戻して作り直すサッカーを繰り返してマークが甘くなる所できるまで、横のパスとショートパスを繰り返すサッカーだったが、細かいギリギリのパスを通す高い技術が要求される戦術でもあった。

そして一番重要だったのが、ポジショニングだ。
必ずパスコースを2つは作るように選手はポジションを徹底した。
そのために細かいワンツーを繋いでいつの間にか決定的な場面を作ることができている。
これは今のバルセロナでも続いていることだと思う。

ロングボールや単純なクロスボールを上げないサッカーはサッカー界に激震を与えたと思う。
サイドからのクロスボールが主流だったのに、バルセロナはトップに背の高いヘディングが得意な選手を置かないスタイルで現在のサッカーを完成させた。

それはスペイン代表にも大きな影響をあたえて、同じようなサッカーが代表でも行われている。
バルサの選手にスペイン代表の選手が多いので、簡単にフィットした。
今では珍しい、自国の代表選手が多くプレーするバルセロナ。
これは、サッカーにおいて基本概念のような感じが金澤敏明にはする。
プレミアの強豪クラブのほとんどは、自国の選手が1~2人がレギュラーいれば良いぐらいの状況になっている。

バルセロナも2016年現在は少し減ってしまったが、それでもピケ、ブスケツ、アルバ、イニエスタの4人はレギュラーとして活躍している。
昔はここにプジョルやシャビやペドロやバルデスのようにスペイン代表だらけでいかにもスペインのチームという感じだった。

ヨーロッパサッカー界も、もう少し自国の選手育成も考えてスタメンに5人以上とかしばりをつけてもよいと思います。
バルセロナもユースから全ての選手を集めたわけではありませんが、自国の代表選手を獲得するのは非常に良い事だと金澤敏明は思っています。

バルセロナのサッカーはスペイン代表にも通じるものがるので、代表で活躍した選手はバルサのサッカーにフィットするのに時間もかからないという面もあるのかもしれません。

今の魅力的なサッカーを続ける限り金澤敏明は、いつまでもバルセロナを応援し続けると思います。

 

プライベートのサッカーライフ

さすがに全面を使ったサッカーをやる体力もなく、現在はちょこちょことフットサルに参加しています。
選手交代も気軽にできますし、コート自体も大きくないので多少は楽ですが、選手が少ないので攻撃と守備とスピーディーに入れ替わりどちらにも参加するため運動量は非常に高いと思います。

サッカーほど激しいディフェンスがないので、大きなケガにもつながりにくい感じもよいですね。
年齢を重ねるとケガが怖いですからね。(笑)

しかし使うテクニックが全く別物な感じで、フットサル暦が長い人達は、ビックリするようなテクニックで相手ディフェンスを崩していて、見ていて感動する時もあります。

1度だけキーパーをやったことがあるのですが、フットサルのキーパーは本当に怖かったです。
サッカーでもキーパーをしたことのある金澤敏明でしたが、フットサルは、至近距離からの強烈なシュートの連続にもう2度とやりたくないと思ったほどです。

今はフットサルをやることが多くなりましが、広々としたグランドでまたサッカーをやりたいなと心では思っている金澤敏明なのでした。

公開日:
最終更新日:2017/05/21